歩いてcafeに入ってそれで、、。
こんなにsimpleな映画は
久しぶりにみた。
ほんと
話しをしながら
歩いて、歩いて、
人との接触はあるけれど
一言二言。
(あ、猫のアクターさんも
いた。)
また、話しをしながら
歩いて、歩く。
しかし、妙な
緊張感というか
いい意味での気持ちの
探り具合が映像にでている。
光もきれいに出ていて
う〜ん。絶妙。
考えに考えた脚本か、
先鋭な
感覚からなるものなのか。
何だか
誰かと話しをしたくなる
そんな作品だった。
窓に映り込む
エッフェル塔が
印象的だった。
(Parisロケだが
そこはその部分しか
映っていない。)
いい時間だった。
2012年01月28日 Posted by un at 21:32 │Comments(0) │TrackBack(0)
雲の。
見え隠れするのは
目にみえるものだけでは
ない。
言葉は危うくて
自分で見えているつもりが
みえていないことが
多々あるものだ。
見ようとすれば
見えなくて
見たくないときに
見えてしまう
現実。
それでも
何か
こう
綺麗に
美しくみえるのは
何故だろうか。
その
言葉とか
コーヒーの香りや
大きな皿にのせる
朝のパンとか。
日々のことを
ひとつ、また
ひとつと
大切にしなくては
なんて思う。
今はもう
誰にどう思われようと
静かに時間を過ごす。
ゆっくりと。
2012年01月19日 Posted by un at 21:37 │Comments(0) │TrackBack(0)
壁画のリストランテの。
白い扉を手でおして
店にはいると
目のまえに
大きな、大きな絵画が
ある。
作家はわからないけれど
そのインパクトたるや
凄まじい。
皿にひろがる料理と
その想い。
相反する
形を織りなし
さらにその美しさを
増幅させる。
わからない感情は
何かを豊かにする。
2012年01月18日 Posted by un at 20:28 │Comments(0) │TrackBack(0)
文字をおこし記すということ。
iPadやら
iPhoneは素晴らしい。
あらゆるものが
手元にあらわれ
何かを探せば
瞬きの間にそれは
みつかる。
何かを考え
誰かにそれを伝えたければ
見えない郵便バイクに乗って
あの人のところへ
届いてしまう。
しかし、手で文字を
おこし記すことを
考えてみる。
乱筆で粗悪な文字で
あっても
その手で
おこすのが
どれだけ素晴らしいことか
このごろ
ただ、ただ、思う。
そのときの体温や
皮膚の感覚。
天気とか
外の温度。
窓からみえる
山と山の色。
すべてが密に絡みあい
文字をおこす。
そんな感覚に
落ちながら
できあがってゆく
その形に
妙に感動する。
あらゆるものが
美しくみえるときは
恐怖すら感じる。
しかし
そういう時期
なのかもしれない。
2012年01月15日 Posted by un at 22:14 │Comments(0) │TrackBack(0)
めぐるたべもの。
体調がいいのか
野菜やら鳥のムネ肉を
食べたあと
躰のなかで栄養が
吸収される感覚を
頭でとらえられる。
というより
感じる。
前までは
そういうのは
なかったのだけど
このごろは
そうなのだ。
気持ちが落ち着いて
いるというのも
あるのかもしれない。
これから
巡ったものの
整理。
いらない
部分だけを
外へ。
肌を
とうして外へ出しにいく。
天気も雲もゆるやか。
いい日だ。
2012年01月09日 Posted by un at 14:42 │Comments(0) │TrackBack(0)
なんて事だ。棚からひよこ豆が消えた。
時間が作れれば
決まった
スーパーマーケットに
行く。
まあ、ツルヤさん
なんだけれど。
ここでひよこ豆を
いつも買っていたのだが
となりの兄弟たちは
いるけれど
それがいない!
ひよこっ!
また、大したことは
ないんだけど、、
2回も!
なかったもので。
(1回目の買い物から
一週間から経っていたのに)
どなたか
わかりかねますが
僕と
タイミングが
合ってしまう方
すこしツルヤへの
買い物の日にちを
ずらしてもらえませんか。
笑
我儘な一日が
今日もはじまります。
さて、走りいこ。
粉雪が舞う街もいい。
2012年01月08日 Posted by un at 13:40 │Comments(0) │TrackBack(0)
ジム・デネヴァンの。
瞬きのあと
目がおどった。
彼はフリーハンドで
幾何学の模様を
砂のうえにおこす。
印象では
自然のなかに潜む
奥にある美しさと
感じた。
今まで知らなかったけれど
興味があるかたは
是非に。
現実をこなしながら
美しさを貪る毎日て
本当にしあわせだな〜
2012年01月07日 Posted by un at 12:13 │Comments(0) │TrackBack(0)
公園でチェロをひく人の同じ方向を見て坐る。僕は。
地上から空をみると
綿みたいな形のものが
浮遊して
次の場所を知っている
ように移動をしている。
美しい色をしていて
たくさんのそれに変貌
をくりかえす。
僕がいなくても
それを
日々
くりかえす。
また、チェロの音が
耳に届きだした。
低くく高く
形を変えながら
僕がそこにいても
いなくても
世界にひびく。
小さくても
確かにひびいていくのだ。
2012年01月06日 Posted by un at 09:21 │Comments(0) │TrackBack(0)
ベルガモットと。
雪が
舞いおりてくると
冬をかんじる。
窓のそとに
その形がみえたときに
感じる
寒いのに
あたたかい
感覚。
明日もふればいいなあ
なんて
思う。
2012年01月05日 Posted by un at 14:09 │Comments(0) │TrackBack(0)
友人に相談されて僕はいつのまにか松浦弥太郎氏を読めばいいって
彼女は
真摯でいるには
どうしたらいいのだろうと。
考えていて
煮詰まっていた様だった。
雪がふる夜で
iPhoneが震えた。
空には雲のあいだに
星がみえたりした
ある木曜日。
出てみると
風がない砂漠のなかに
残されたラクダのような
話し方。
(聞いたことないけれど。)
真摯について
聞きたいんだけど。
僕は聞きながら
この単語が頭のなかで
ランニングを
はじめた。
そうは広くない
頭のなかを走りはじめた。
そこで、考えるまでもなく
彼の名前が口から
ホロホロと出ていた。
松浦弥太郎。
読めばいいかもしれないと。
僕にとっての
彼の知識は本でしかないが
ある意味
白洲次郎氏よりも
真摯であるとおもう。
何だろうか。
一を目の前に差し出されると
二を返す。
その、人と向き合う
姿勢が凛としてるのだと
感じるのだ。
それを
淡々とやってきた人。
彼女から今だに
連絡は来ないけれど
便りがないのは
なんとかと言う言葉も
あるし
そのまま今日も
僕の一日を過ごしている。
窓の外は
風がふいていて
小さなBOSEからは
小野リサが流れてる。
今日もまた
よい日を。
2011年12月26日 Posted by un at 06:51 │Comments(0) │TrackBack(0)
ジュンパ・ラヒリを読みはじめる。
こういうことは
師走のあらゆる事をしてから
やらなくてはいけない
けれど、、
薬缶でお湯を沸かし
コーヒーを淹れて
読みはじめた。
外は雪。
フラリフラリと
空から舞いおりて
そのもの達は
道を白でおおっている。
家や
その脇にある
小さな黄色の犬小屋も。
この作家は
随分まえにデビューし
当然のごとく
ピュリッツァー賞を
そして
ヘミングウェイ賞を
受賞してる。
まあ、神童である。
(わらべという
歳ではないけれど
若いという意味で。)
内容は生活の一部を
切り取り
それから醸しでる
美しさを
切り絵のように
形にしたもの。
料理の描写が多いのも
とりわけ好んで読んで
しまう理由かもしれない。
生きてゆくなかで
詰まる気持ちや
何だか幸せなことがある。
それ全てを
自分はこう感じていると
気づくのが
幸せなことかも
しれない。
こうも想う。
倖せだけでは
生きていけない。
なんて事も。
哀しみは
愛しみの糧であり
愛しみは
哀しみの糧であったりも
する。
僕は
矛盾の世に生き
それさえも心に溶け込ませ
ゆっくり暮らしていきたい。
コーヒーを飲みおえる
ころにこんな事を
考えはじめていた。
素敵な本なので
もし、あなたも
よかったら。
では
今日も冬の時間を
躰いっぱいで感じ
豊かな一日を。
2011年12月25日 Posted by un at 06:47 │Comments(0) │TrackBack(0)
道にフィガロの結婚の序曲がながれる。
時間ができたので
アパートの近くにある
古書店に行ってきた。
陽がいつもよりも
強いせいか
あたたかく
住宅の間に差し込む
光が美しい。
ほんの500mも歩くと
そこにそれはある。
家と家のあいだに
ひっそりと。
ガラガラと入り口から
入っていくと
書店は
装丁美術館のよう。
そして
本が居眠りをしているような
そんな朗らかで
やさしい空間。
僕はその寝息が
聞こえそうなそこを
歩く。
歩く、
本当にこんな値段で
いいのだろうか。
というのが正直な感想。
まさにthe良心的である。
cafeにも足を
進めたかったのだが
時間が。
何か帰り道
題名の曲が流れてきそうな
くらい感動していた。
好きなお店が
近くにあるって
素晴らしい。
めぐまれてるな〜
2011年12月16日 Posted by un at 10:32 │Comments(0) │TrackBack(0)
机のうえにフランスとベトナムが。食べものはイタリア。
さっき
本屋へ行った。
確かな用事も
なかったのだけれど
ドーナツを買って
食べながら歩いていたら
そこへ行きたくなって
しまった。
まだ、空は明るくて夕刻の
そんな時間に。
入り口を入ると
すぐ目の前に平積みされた
天声人語を書き写すノートが
あった。
あの天声人語だが
それをみたとき
何か
あー
確かに書き写すというのは
妙に頭に入るのも
そうだけれど
気持ちが入るのも
僕は感じていたので
どこかそれをみつけた
ことに安堵感をいだいていた。
その本というか
ノートに心満たされて
更に言えば
バッグの片隅に心なしか
居心地の悪そうな
ドーナツを思い出し
そこに行きたかった
気持ちが晴れた日の
葉の水滴が渇くような
流れで
また、入り口を出て
街へ戻った。
あ。
今日は友人が
くる日だった。
やっと
思い出したのだ。
何か毎日のなかで
どうしてもある方向へ
勝手に動いてしまうときが
ある。
もう、魚のムニエルは
アルミホイルで包み
オーヴンで焼くみたいに。
それは不確かな感覚で
でも、良いことに導かれる。
また、ドーナツを
食べながら
足早にアパートへむかった。
すこし
頭の片隅で
天声人語に感謝しながら。
テーブルの上にひろがる
フランスやベトナムや
イタリアの小さな
料理が待っている。
2011年12月14日 Posted by un at 10:57 │Comments(0) │TrackBack(0)
360の空気。
友人のフェラーリを借りて
関越を走った。
朝方で
山と山の間に小さな雲があり
それを目指すように
車を走らせた。
いつも
乗ってるクルマと
エンジンの音が違い
かなり艶があり
初めは違和感があったけれど
葉山までくると
それは無くなっていた。
アクセルを踏むと
目の前にいた車は
遠く後ろの彼方へ。
そんなことを繰り返しながら
いつのまにか
遠浅に広がる海が
目の前に。
耳を傾けると
借りた車のエンジンの音。
音のすべてが
非日常であり
それであるけれど
癒された。
明日は
どこへゆこう。
なんて
思いたくなるくらい
まだまだ走りたい
木曜日だった。
2011年11月23日 Posted by un at 21:55 │Comments(0) │TrackBack(0)
山の裾の道を。
遠くをみると
光が山の裾を
走っていた。
静かにね。
僕は
静寂を意識しながら
眺めていて
誰かを想いながら
それを
見ていた。
だけど
それさえも
覚えはないような
本当にあったことでは
ない、
そんな風に
見ていた。
いつかの
木曜日に。
多分、
見ていたのだ。
確かに。
何か
恋みたいな感じで。
淡く。
2011年09月15日 Posted by un at 19:10 │Comments(0) │TrackBack(0)
メルセデスさん。
困ったことに
それと言った固定の
仕事をしていない。
収入は不安定で
刺激的だけれど
本を読む時間ばかり
多くて
しかし
精神的には潤ってる。
さ、
さらに言えば
愉しい。
こんなのだけれど
生きてるんだな〜
なんて
思ってる。
誰を癒すこともなく
家族に言わせれば
僕を話しに出して
誇りに思う
仕事もしていない。
友人も
こいつをどうやって
紹介しようなんて
迷ってしまうほどだ。
でも
僕は生きている。
ただ
一人、独り。
周りに恩返しなんて
できないけれど
一人に対して
それを
できたら
素敵なのかもしれない。
時々
ほんのときどきで
みんな
ごめん。
自分を省みて
どう返そうかなんて
思ったりしています。
数学的に少ないけれど。
僕はこんなんなんです。
おこがましいけれど
僕は一つ一つ
時間をかけながら
反省しながら
諦めず
生きたいと
思ってます。
自分を信じて
罵倒されても
生きたいなと。
では
あなたにとって
明日もよい一日を。
そして、
あきらめない自分を
抱擁する一日を。
2011年08月24日 Posted by un at 16:46 │Comments(0) │TrackBack(0)
左手に時計を。
まあ、クルマを運転して
スーパーマーケットやら
そこらへんに行くと
隣りの運転している
人が目にはいる。
それは女性だったり
男性だったり
その
なんて言うのか
「間」の人もいたりして。
そこで
気になるのが
左手なのだ。
僕はすこし前まで
時計をつけるのが
苦手だった。
束縛が嫌なんでしょ?
とか。
時間を守る気もないくせに
とか言われた。
それを言うのは
女性だけれど
返す言葉もない。
また、
こういう風に書くと
女性に困らない人間に
見えるらしい。
それは、それぞれの
想像の仕方なので
良いんだけれど。
どうしても駄目だった。
で、今になって
僕は左手に
時計をつけている。
何でだろう。
分からないけれど
言うならば
自分の好きなものが
見つかったからだと思う。
見つかると
人は
異様に変わる。
もう、まるで別人みたいに。
良いのか悪いのか
分からないけれど
変わってしまうのだ。
モノが
ワレを白から黒へ
そして、黒から白へ。
人が
我を白から黒へ。
そして、黒から白へ。
理屈なしに
人って
簡単に変わる。
時間の観念なんてなくて
僕はそれを素直に
受け入れたい。
長いとか短いとか
それのどちらかが
良いとか悪いとか
いいではないか?
自分が
どちらを選択し
納得するかが
大切なんだとおもう。
周りの意見は大切だろう。
しかし、間違っていても
それに従い
自分を偽ることは悲しい。
だったら
失敗し
人に馬鹿にされることを
僕は望む。
左手の時計を決めるのは
あなただ。
あしたも
よい一日を♪
2011年08月23日 Posted by un at 15:57 │Comments(0) │TrackBack(0)
ドビュッシーと猫。
少し前にクルマを変えた。
前のそれより
色だけは変化させようと
思い
選んでいたら
畢竟、同じものになった。
様々な条件のもと
仕方が無いのだけれど
ほんと
ウッカリな結果である。
それと話しは違うけれど
このごろ猫の動きが
気になる。
というのは
彼らはどうして
高いところに登るのか?
塀とか屋根とか
俺のクルマの上とか。
どうにも
気になる。
そして、大らかな
気持ちでいられない事も
しばしば。
良いんだけど、、
乗り方が下手っぴいなのが
いると。
それで、すこし
観察をしてみた。
(暇な人だな〜と言われても
謎が謎だけにそう言われても
仕方が無い。)
すると、
猫はその場所から見える
景色を確かめたい感が
あるようだ。
じーっとその上から
見える景色を
そこへ飛ぶ前に
想像している。
山が見えて嬉しいのか
獲物を捕らえられる
角度だからなのか。
分からないけれど。
何はともあれ
想像しているのだ。
何かそんな事を
考えていたら
彼らの行動そのものに
愛おしさを感じる。
すこし。
それで題名に
繋がるのだけれど
ドビュッシーの音楽を聞いて
まさにその間を
感じられる。
表現できないが
まさに
猫がそこに飛ぶ前の
感覚をうまく
感じられたのだ。
こうだろう?
みたいな。
そんなことを
うつらうつら
考えた
数カ月前の木曜日でした。
もう
どうだっていいことを
嬉しくなって
考えてしまうんだよな。
2011年08月22日 Posted by un at 17:26 │Comments(0) │TrackBack(0)
小布施ッションに。
ずいぶんと前に
行ったきりで
久しく遠ざかっていた
この会に
今日、参加する。
今回は
原研哉氏。
前にいらした時に
話しは聞いたのだけれど
もう、愉しくて
仕方がなかった。
氏の話しの仕方も
柔らかく聞きやすく
また
その内容が圧巻だったのだ。
今回は
どんなdesignの空気を
持ってくるのか
今から愉しみで
仕方が無い。
どなたか
行く方がいらっしゃれば
後程。
(でも、僕がどんな感じか
わかりませんね。
unnuをどこかに書いて
おきますか。)
2011年08月08日 Posted by un at 14:26 │Comments(0) │TrackBack(0)
2772。
やっと
みつけた。
前々から
欲しかったもので
まあ、それは
姿、形が
大きい。
本当は革張りのものが
好みだったのだけれど
ググっと
気持ちが傾いたので
買ってしまった。
広辞苑。
呑みの席でこの話しを
すると
あなたはiPhoneを
何のために持っているのかと
聞かれるか
まるで
僕がそこに居ない様な
そぶりをされ
話しは秋の枯葉が
漂うか如く流されて
大体にして言えば
まあ、、
盛り上がりは全くみせない。
(それはそうか。)
それは兎にも角にも
この歳になって
辞書とフィーリングが
合うことを知ったのだ。
なんとも言えない
紙の感触と
調べた単語の隣りにある
ものまでも
ついでに
頭に入ってしまう。
紙を通して
調べものをするということ。
大事にしたい
アナログな作業だ。
しかし、、
机の上のみしか
活躍はしてくれないが
適材適所なんて
言葉で納得してる。
あらたな
仲間が増えた
木曜日だった。

